ジュエリーショップに着くなり、
「ねぇ花々里《かがり》。婚約指輪と結婚指輪、双方を重ね付け出来るデザインとか……良いと思わないかね?」 と頼綱《よりつな》に尋ねられた。私はちょっと考えて、
「あまりごちゃごちゃした凝ったデザインよりも、シンプルな方が好き。そこさえクリアしていたらどんなのでも気にしない、かな」 って答えてから、このこだわりのなさ、女の子としてどうなの!って思ったんだけど――。 どうやら頼綱にはすでに何か思うデザインがあったみたいで、さして気にした風もなく「キミはきっとそう言うだろうと思って、勝手かなと思ったんだけど、実はあらかじめ俺の方でいくつか見繕ってあるんだ」 と微笑んだ。 その言葉を聞いて、「嘘でしょ頼綱さん!」って思ってから、でも考えてみたら頼綱は私と初めて出会った時から私を娶る気満々の発言をしてたっけ、と思い出す。もしかしたら、私にとっては青天の霹靂《へきれき》みたいな頼綱からのアレコレも、彼の中ではどれもこれも考え抜いた末の結論なのかもしれないなって……今更ながらハッとした。
頼綱が店員さんに声をかけると、いくつかの指輪がジュエリートレイに載せられて運ばれてきて。
その中のひとつを指差した頼綱に、「婚約指輪は雲間から現れる満月を模したというデザインの、コレとかどうかな?」と聞かれた。 頼綱と店員さんに促されるまま、手に取って見させていただいたソレは、台座の部分が雲の切れ間みたいにダイヤの両サイドで透かしになっていて凄く綺麗で。石が真ん中に1つだけというシンプルさも、私好みだった。
しかもその1石を捕らえた台座が、嵌め込みデザインなのがすごくいいなって思ったの。
私、爪で石を掴むタイプだと、結構あちこちに引っ掛けちゃうおっちょこちょいで。
特に冬なんかセーターの繊維とかを爪によく絡ませるの。
そういう面も含めて、ガチャガチャした私にピッタリの指輪だなって思ったんだけど。
「コレとコレ。彼女のを1つずつと、こっちのは〝私〟用のをお願いしたんだけど……納期はどのくらいかかりそうかな? なるべく早め希望なんだけど」 さっき選んだ、雲間から覗く望月デザインの婚約指輪と、水鏡の結婚指輪を指さして頼綱《よりつな》が言って。 私、と言う人称は初めて聞いたけど……仕事の時とか、公の場ではそっちを使ってるのかな。 私は店員さんがどんな表情でそれを受けるんだろうって気が気じゃなかったんだけど、さすがプロ。 目の前で馬鹿ップル丸出しでイチャイチャしていた私たちに呆れることなく、すぐににこやかに対応してくださった。「採寸と……もちろん刻印もご希望ですよね? こちらですと、最短で3週間、最長で1ヶ月半ほどお時間を頂きたいのですが」 言われて頼綱が小さく吐息を落として、「まぁそれは仕方ないよね」とつぶやいた。 てっきりもっとワガママを言うんじゃないかと心配していた私は、案外すんなり頼綱が引き下がったことにホッとしたのと同時に、すごく意外な気持ちがして何だか〝モヤモヤしながら〟彼を見遣った。「ん? どうしたのかね、花々里《かがり》」 小首を傾げるようにして問われた私は「何でもないっ」って慌ててうつむく。 と、そんな私の方へほんの少し身体をかがめた頼綱が、耳元に唇を寄せて小声で言うの。「ひょっとして……もっとゴネて欲しかった?」 クスッと笑われて、私は真っ赤な顔で頼綱を睨みつけた。 悔しいけど〝図星〟だったんだもん。 だってね、さっき頼綱、言ったんだよ? ――不安だから頼綱《おれ》のものだという印をつけさせて? みたいなこと。 それをそんなにアッサリ引き下がられたら、あれは嘘だったのかな?って悲しくもなるじゃない。「頼綱のバカ! もう知らないっ」 何だか自分ひとりが勘違いして盛り上がっていたみたいで、泣きたいぐらいに虚しくなって。 思わずそっ
――頼綱《よりつな》は、かなり女性の目を引く容姿をしているみたいです! 話したら口調が独特でちょっぴり取っ付きにくいところがあるから、そういうのをマイナス評価と見なして離れていく子もいるかもしれない。 でも、もしかしたら逆にそこがクールで良いという子だっているかもって思うの。 現に私は頼綱のちょっぴり古風な物言いが嫌いじゃないし。 そう思った途端――。 私、今すぐにでも頼綱の腕をグイッと引っ張って、綺麗に整えられた髪の毛をグシャグシャにかき乱して、ビシッと着こなしたスーツをしわくちゃにしてやりたくなった。「――有難う。そんな風に言っていただけて嬉しいよ」 彼女さんを溺愛しているところが素敵だと、綺麗な店員さんから熱い視線を向けられた頼綱が、どこか得意そうにそう言って微笑んで。 それを見た瞬間、私の中で何かがプチッと弾けた。「頼綱っ!」 気が付いたら私、頼綱のスーツの裾をギュッと引っ張って頼綱を睨みつけていた。 だって、頼綱が私以外に笑いかけてるのを見るの、何だか凄く凄く嫌だったんだもん。 生まれて初めて感じたこのモヤモヤは……とっても気持ち悪くて落ち着かない。 ぐちゃぐちゃに感情がかき乱されているのを隠せないまま、頼綱を見上げた視界が涙でうるりと滲んだ。 そんな私の顔を見詰めた頼綱が、「花々里《かがり》、もしかして……ヤキモチを妬いてくれてるの……?」 驚いた顔をして恐る恐る問いかけてきた。「……やき、もち?」 それが網の上で焼いたお餅のことじゃないのは、いくら食いしん坊の私でも分かる。 うそ……。 これが、俗に言う嫉妬《ヤキモチ》というものなの?「……頼綱。これ、すごくヤダ。……
水鏡リングには男性用もあって、頼綱《よりつな》とお揃いになるのはそちらの指輪らしい。 雲間からのぞく、満月を移す水鏡。 なんだかロマンチックで素敵だな、と思った私だったけれど、頼綱のリングも自分が付けるものに左右されるとなるとどうしても言わずにはいられない――。「あの……頼綱は……私が選んだので……いいの?」 そわそわしながら問えば、「むしろキミが選んだの〝が〟いいんだよ」と、ギュッと手を握られる。 ヒッ。 頼綱さんっ。 こんなところでそんな甘々なオーラ出さないでくださいっ! て、店員さんの目が気になりますっ! 戸惑う私を知らぬげに、私の手をにぎにぎしたまま頼綱が続ける。 「この2つのデザインなら、婚約指輪も結婚指輪もどちらも問題なく重ね付け出来て、花々里《かがり》をより独占できている感じがすると思わないかね? ――考えただけで、俺はすごく嬉しいんだけど」 ちょっ、そこで私の反応を窺《うかが》うように上目遣いとか……。 わーん、頼綱さんっ! そんなド・ストレートな恥ずかしい告白を、店員さんの前でやらかさないでくださいっ! 私だけじゃなく、何故かジュエリートレイをささげ持ったままの店員さんまで照れて赤くなってしまわれたじゃないですかぁ〜っ! 「彼女さんは彼氏さんに、とってもとっても愛されていらっしゃるんですね」 挙げ句、店員さんってば何故か頼綱に熱い視線をチラチラ投げかけながら、ちょっぴり羨《うらや》ましそうにそう仰って。 頼綱がそんな目を向けられたことに私、何だかよく分からないけど凄くモヤモヤして……胸の奥がチクチクと痛んだ。 ――何だろう、コレ。私、こんな変な気持ち、初めてだよぅ。 何だかよく分からないけど凄く嫌!って言うのは分かって。 だから私、頼綱《よりつな》にはこういうところでこんなことをするの、もう少しペースダウンしていただけたら有難いな、と思ったりするのです。 ――そう、せめて人前でだけでもいいから目立たないよう大人しくしていて欲しい。 そうすればきっと、こんな目で貴方のこと、他の女性が見つめること、なくなるから。 そこまで考えて、 ――ん? ちょっと待って。何……それ。 って自分の気持ちにソワソワする。 頼綱は、控え目に言っても頭脳明晰容姿端麗。 別に職業《
ジュエリーショップに着くなり、「ねぇ花々里《かがり》。婚約指輪と結婚指輪、双方を重ね付け出来るデザインとか……良いと思わないかね?」 と頼綱《よりつな》に尋ねられた。 私はちょっと考えて、「あまりごちゃごちゃした凝ったデザインよりも、シンプルな方が好き。そこさえクリアしていたらどんなのでも気にしない、かな」 って答えてから、このこだわりのなさ、女の子としてどうなの!って思ったんだけど――。 どうやら頼綱にはすでに何か思うデザインがあったみたいで、さして気にした風もなく「キミはきっとそう言うだろうと思って、勝手かなと思ったんだけど、実はあらかじめ俺の方でいくつか見繕ってあるんだ」 と微笑んだ。 その言葉を聞いて、「嘘でしょ頼綱さん!」って思ってから、でも考えてみたら頼綱は私と初めて出会った時から私を娶る気満々の発言をしてたっけ、と思い出す。 もしかしたら、私にとっては青天の霹靂《へきれき》みたいな頼綱からのアレコレも、彼の中ではどれもこれも考え抜いた末の結論なのかもしれないなって……今更ながらハッとした。 頼綱が店員さんに声をかけると、いくつかの指輪がジュエリートレイに載せられて運ばれてきて。 その中のひとつを指差した頼綱に、「婚約指輪は雲間から現れる満月を模したというデザインの、コレとかどうかな?」と聞かれた。 頼綱と店員さんに促されるまま、手に取って見させていただいたソレは、台座の部分が雲の切れ間みたいにダイヤの両サイドで透かしになっていて凄く綺麗で。 石が真ん中に1つだけというシンプルさも、私好みだった。 しかもその1石を捕らえた台座が、嵌め込みデザインなのがすごくいいなって思ったの。 私、爪で石を掴むタイプだと、結構あちこちに引っ掛けちゃうおっちょこちょいで。 特に冬なんかセーターの繊維とかを爪によく絡ませるの。 そういう面も含めて、ガチャガチャした私にピッタリの指輪だなって思ったんだけど。
私は小さい頃からずっと、寛道《ひろみち》の私に対するあれこれは全部冗談や嘘っこで、みんな私を揶揄うためのものだと思っていたけれど、もしかしたら私以外のみんなは、寛道のあれこれが最初から全て本気だったって分かっていたのかな? まさかね、って思いながら「ねぇお母さん、寛道って……」って何気なく口火を切ったら、「あの子は小さい頃からずーっと花々里《かがり》ちゃんのこと好きでいてくれたから……。お母さん、花々里ちゃんはいつか寛道くんのお嫁さんになるのかなぁって思ってたくらいよ」って、皆まで言う前に溜め息混じりに淡く微笑まれた。「嘘……」 そうつぶやいたら、頼綱《よりつな》までもが「幼なじみくんの気持ちには俺もすぐに気付いたよ? だからお互いにライバルとして牽制し合っていたつもりなんだけど……。当の花々里はちっとも気付いてなかったね」って苦笑された。 そうして最終的にはお母さんと頼綱が2人して、そんな私が頼綱とこういう関係になれたのは奇跡だって口を揃えるの。「わ、私にだって恋愛感情のひとつやふたつ、あるもん!」 あんまりにも2人が息をそろえたみたいに笑うから、思わず売り言葉に買い言葉でそう言ったら、「ひとつやふたつ? ひとつは〝僕〟とのものとして、もうひとつは誰とかね?」って頼綱《よりつな》に睨まれて。 ひーっ、僕!! こっ、言葉の綾です! ひとつしかありません! それを納得してもらうまでに、お母さんと別れてからも10分近くを要することになるなんて、そのときの私は思いもしませんでした! 頼綱って、時々変に融通が利かなくなる時があって、本当大人気《おとなげ》ないなって思います!*** 病室を出る前、頼綱《よりつな》がお母さんに、「順番が色々前後してしまうんですが、今からお嬢さんと指輪を見に行こうと思います」って言って。 私が発した「えっ!?」って言葉より、お母さんの「まぁ! 素敵っ!」っ
ニコッと笑ってお母さんが手にした箱に近付いたら、お母さんってば「花々里《かがり》ちゃんの魂胆、お母さん、お見通しよ」ってクスッと笑うの。 バレてたか! 思いながらも「き、切るの、その手じゃ大変でしょ?」と、どもりながら迫ると「あら。お母さん、恵方巻《えほうま》きの要領もありかな?って思ってたのに」ってクスクス笑うの。 クゥー。お母さんめ! 丸かじりとかズルすぎる! ……じゃなくて!「そんな〝はしたない〟こと、お母さんにさせられない〝だけ〟だもんっ」 頑張って言い募る私を見て、頼綱《よりつな》が小さくククッと笑って。 私はそれを聞き逃さなかった。 キッ!と頼綱を睨みつけたら、「また買って来てもらうからね」って頭をふんわり撫でられて、その手には乗らないんだから!と思いながらも「いつ?」と聞いてしまう。 その言葉にお母さんと頼綱がふたりして顔を見合わせて大笑いするの。 もぉ! このふたり、一緒にしたらいけない気がする! 四面楚歌《しめんそか》な気分で「むぅー」と唇をとんがらせていたら、お母さんが「お皿とナイフ、そこの棚に入ってるわ。みんなで食べましょう」 って言ってくれて、一気に気持ちが浮上した。 そうとなれば善は急げ! 私はお母さんから箱を受け取ると、指定された吊り戸棚からお皿とナイフを取り出した。 頼綱が1階のカフェでコーヒーを買ってきてくれると言うから「ミルクたっぷりのラテがいい!」とお願いして、ケーキと向かい合う。 城山《しろやま》ロールは1本が26センチの長いロールケーキだから、3人で分けたら一欠片8.5センチちょっと!?とホクホクする。 お皿に乗せても横倒しになりそうにない厚さって、ときめくんですけど! なんて思っていたら、お母さんが「ここ、冷蔵庫もあるし、とりあえず半分にしてからみんなで切り分けない?」と先手を打ってくる。 ぐっ! 持ち主にそう言われたら私の8.5センチ計画